2014/10/30 高野山〜大阪
〜厳かな雰囲気の中、朝のお勤め体験。紅葉の中、奥の院では戦国時代から幕末、現代までたくさんの墓碑に歴史を感じる。〜

5時過ぎに起床。やっぱり山の朝は寒い。6時過ぎ、若い僧侶の方がお布団を片付けに来られました。なんだか恐縮してしまいますね。6時半からお勤めなので、少し早めに講堂へと向かう。廊下はとても寒いが、本堂に入るとさすがにストーブが入っていました。ストーブに近めの場所に座り、しばらく待つ。徐々に宿泊客の方も増えてきて、6時半よりお勤めが始まった。朗々と読み上げられるお経に聞き入りながら、足がしびれないように微妙にポジションを変えながらなんとか耐えました。お勤めの終わりの方では、宿泊者が順にお参りを行う。なかなかできない経験で、おもしろかったです。

お勤めが終わって部屋に戻ると、朝ごはんが準備されていました。厚揚げの含め煮がうまい〜素朴で贅沢な朝ごはん、ごはんがあればあるだけ食べてしまいそうだがこのくらいで。


朝ごはん


朝のお勤めがあった講堂


蛙の置物


朝日を浴びる


門を出る


上池院


8時半過ぎに、上池院を後にする。お世話になりました。さて、今日は奥の院へと向かおう。まだ朝早いのであまり人通りもなく、青空に紅葉が映えてとてもきれいだ。しばらく歩くと、奥の院の入口にあたる一の橋に到着した。ここからは、二十万基とも言われる墓石群が続く。


苅萱堂


ここも宿坊らしい


ちょっと枯れかけ


真っ赤だな


ここから奥の院


厳かな雰囲気


墓石は宗派を越え、敵味方を越え、位を越えて並んでいる。有名な戦国武将から震災の犠牲者や先の戦争の戦没者、企業の殉職者や一般の方など、多数の墓が並んでいる。中の橋までの間には、武田信玄に上杉謙信、伊達政宗、石田三成に明智光秀など、戦国時代の超がつくほどの著名な武将たちの墓石がある。分祀されているので遺骨があるわけではないのだが、それにしてもこれだけの武将たちが皆高野山を目指したのは、当時の高野山の勢力が偲ばれる。


関東大震災供養塔


航空殉難者碑


影観音


大岡越前供養塔


大阪市浪速区戦没者


多田満仲(最も古い墓碑)


武田信玄・勝頼


弘法大師が腰掛けたらしい石


紀州徳川家


僧侶の方


薩摩島津家(4番石)


上杉謙信


伊達政宗


明智光秀


石田三成


中の橋を越えると、汗かき地蔵に姿見の井戸。井戸に姿が写らないと早く死ぬとの伝説があるようだが・・・企業のお墓がいくつかあるのは、仕事中の事故などによるものだろうか。このあたりからは少し坂道を上がっていく。するとここに、崇源夫人の墓碑が。江姫ですね。奥の院の中で最も大きな墓碑なので、一番石と呼ばれているそうです。その先には三番石である加賀前田家、二番石である安芸浅野家があり、これがトップスリー。そろそろ終わりに近づいてきたところで、越前松平家の結城秀康(家康次男)、そして豊臣家。秀吉とその母公、弟の秀長が並んでいる。その先には織田信長、これは意外と小さいな。その奥には筒井順慶がありました。これでようやく奥の院に到着。御廟橋を渡った後は大師信仰の中心地、御廟の霊域とのことで、写真撮影は禁止。灯籠堂では天井にある多数の灯籠をつり下がっており、堂内には1000年近く燃え続けている灯があるとのこと。その裏には弘法大師の御廟があり、しっかりお参りしておきましょう。


中の橋


市川團十郎


汗かき地蔵


江崎グリコ


森下仁丹


パナソニック


崇源夫人(江、一番石)


加賀前田家(三番石)


安芸浅野家(二番石)


結城秀康(家康次男)


豊臣家


織田信長


御廟橋


水向地蔵


弘法様の食事を運ぶ


御廟橋を渡り、行きとは違う道を降りて行こう。この道は下にある駐車場につながっているので、登ってくる人も多い。お昼近くなって陽が差してきて、木々の間から見える紅葉がとてもきれいになってきた。しばらく行くと阪神淡路、東日本大震災の慰霊碑があり、その間の道を行くと英霊殿へと向かう。このあたりの紅葉がとてもきれいだな。すっきりとした青空の中に赤や黄色が映えている。まさに日本の秋という感じだ。いろんな角度から写真を撮りましょう。


こちらも墓碑がたくさん


阪神大震災慰霊碑


東日本大震災慰霊碑


英霊殿への道


光が差している


青空といろんな色


先へと進む。このあたりは企業に関連する墓所が多数あり、その会社の特徴を表しているようなお墓もある。UCCコーヒーのカップだったり、ヤクルトだったり、明和工業はロケットだったり、こんなお墓もおもしろいな。そんな中で見つけたのがしろありの供養塔。害虫なので駆除はするのだが、同じ生き物としてちゃんと供養している、っていうことかな。武士、戦没者、企業関係者からしろありまで、こんな多様性のある墓地だとは知らなかったな。


UCCカップ型の慰霊碑


親鸞聖人御墓所


ヤクルト型の慰霊碑


シロアリも慰霊する


明和工業


そろそろ終わり


駐車場まで降りてきた。ここにお土産屋さんや食堂があるので、お昼にしましょうか。カツ丼や天丼にはやっぱり胡麻豆腐がついているのが高野山風。おいしかったです。駐車場のバス停からバスに乗って小田原通で降り、昨日も入ったお餅屋さんで焼き餅を頂きましょう。奥の席でお茶を頂きながら食べられるのがいいですね。食後のデザートとして、満足です。


お昼ごはん


お餅いろいろ


焼き餅をいただく


次に向かうのは、金剛三昧院。こちらも世界遺産で、北条政子が源頼朝と実朝の菩提を弔うために建立したと言われている。大通りからは離れているので静かなところだ。国宝の多宝塔が美しい姿を見せていて、鎌倉時代の趣を感じることができる。ここの本堂には愛染明王が本尊として祀られているので、お参りしておきましょう。


ここから金剛三昧院


静かな道を行く


山門


多宝塔


客殿


本堂


バス停へと戻りつつ、さっきのお餅やさんで今度は甘酒饅頭をゲット。これですべて食べることになるが、帰りの電車で頂きましょうか。さて、次は徳川家霊台へと向かう。二棟の建物が並んでいるが、見た目は同じに見える。向かって右が家康霊屋、左が秀忠霊屋とのことで、三代将軍家光公によって創建されたとのこと。細かい彫刻や彩色が美しく、こうして同じものが並んでいるところに徳川政権初期の安定を感じる。それにしてもここの入口は無人で、拝観料は簡素な缶に入れるようになっている。なんとも平和で安全な日本を感じます。


左:秀忠霊屋


右:家康霊屋


全体像


再度バスに乗り、最後の目的地・女人堂へ。かつて女人禁制だった高野山、女性はここまでしか入ることが許されなかったらしい。この女人堂のすぐ前から山に入る道があり、それが女人道。その道から高野山を遠く見ていたとのことだ。当時はどんな思いでこの道を歩いていたんだろうな。女人堂もお参りし、これにて終了。バスに乗って高野山駅まで。


女人堂


女人道入口


女人道の説明


予定よりは早く戻ってきたぞ。予約していた特急列車はキャンセルし、急行列車の方が先着するのでそれで帰りましょうか。ケーブルカーでさっきかった甘酒饅頭をいただくが、これがあのお餅やさんで買った中で一番おいしかったです。初めての高野山、宿坊も体験できたし天気にも恵まれよかったです。今回は紅葉の時期だったが、いろんな季節の楽しみがありそうだ。冬は相当寒そうだけれど、雪の高野山なんてのもきれいだろうな。また機会があれば是非。